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4月中旬は雨も多いが春爛漫


4月5日 異変

 今日は近くの自動車修理工房へ朝8時過ぎに軽トラを運ぶ予定があった。車検の更新予約してあったので、軽トラでコンビニへ煙草を買って、それから自動車修理工房へ行こうとすると、どう行っていいのか、わからないのだった。自分でもなぜわからないのかが理解できなかった。とにかく見知った建物の通りを何度か往復したりして、やっと目的地に着いて、軽トラを引き渡し、連れ合いに電話して、迎えに来てもらった。修理工房場の主人は「病院に行ったほうがいいよ、煙草を控えることだね」とご自分の入院経験も少し話してくれた。「一時的に記憶と意識が落ちた」かのようだった。
 広いエリアでは40年、借家を借りてからは3か月ウロウロあるいは車で数えきれないくらい通行した、その先が「わからない」のだ。迎えに来てくれた連れ合いの車で農場まで帰り、頭を冷やそうと、農場から借家まで歩いた。30分以上かかって帰宅したので、少しは「記憶の欠落」が軽くなったような気がしたけれども、まだすっきりしない。連れ合いは「お酒やたばこの飲みすぎだろうから、量を半分に減らした方がいいのでは」と言う。これが一番的確な観察と助言だろうと思った。その数日前から頭が「ガンガン」していたが、おそらく血圧が高めだったのだろうと思ったが、これが脳内出血につながるのかどうかはわからない。しかし、後期高齢者になって、様々な健康トラブルも起こっているし、新たな体の不調もおきるだろうし、神経質にならずに受け止めていくしかない、とは思っていた。ところで、「スッポリ落ちた記憶」は回復しないように感じた。それは新たに同じような体験をすることが、新しい記憶となって残るように感じた。 


 複数の知人から、きちんと診察を受けた方がいいという助言を受けたけれども、私はしばらく様子を見ようと思いました。危機感が弱い、または足りないのではないかと思われるかもしれません。私は現在76才であり、最近のデータでは男性の平均寿命は81才(84歳に延びたデータも。女性は5、6年長い)、なのであと5年程度ではないか、残りは多くないと思っていることで、そんなにバタバタしないというのが理由かもしれません。おかしいでしょうか。もう十分生きてきたので、これ以上長生きできなくてもいい、というのは本本音だが、連れ合いは「そういう人に限って長生きする」と言う。 

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 この植物の名前をご存じですか。若い方は知らないかもしれません。「イタドリ」の芽です。春先の野山に出ていて、3メートルくらいまで伸びますが、大きいのは固いので、若い芽を根元から切り取ります。根元から皮を剥いで、中身だけを食します。しょっぱいです。これで子供の頃の山野の食べ物だったんです。
 野菜畑では
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 トマトのウネ。株間は90センチです。3本仕立て(次々と出る脇芽を3本伸ばし、その3本からの脇芽は摘んで、ハナブサだけを残します)の予定です。それで株間が広いのです。1本仕立て、2本仕立ては高くなり過ぎます。
 IMG_1463.jpg キュウリのウネ。これは株間60センチ。2本仕立てを予定。
 IMG_1480.jpg ソラマメ。早いものはサヤが膨らんでいますが、ばらつきがあります。
 IMG_1483.jpg ちょっと密植気味です。早めに剪定して茎数を減らすべきでしたが、とりあえず1m超の茎の先の芽を摘みました。
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 畑でなく、庭先の春菊です。食用でなく鑑賞用。
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 さて、前回に予告していましたが、畑まわりの竹を切ったのが頭にあって、それから加工しました。右が箸立て。左が筆立て、です。箸立て筆立てのセットを10個制作して、お手伝いさんなど周りの方に差し上げ、家族には竹とんぼセットを5組制作しました。手で回す軸から羽根だけが離れて飛ぶタイプです。これ、複雑で、とても難しいのですよ。子供の時には難なく作ったのですが、もうコツも忘れてしまっていましたけど、無事できあがりました。
 ATなど様々な技術が人から仕事を奪って、人は楽になったようですが、同時に「やりがい」「生きがい」も奪ったように思えます。さ、あなたも自分の手で、ゼロからいろいろ制作して、それらを取り戻しましょう。

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2021-04-04

 2021年も春爛漫の4月に入りました。

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 4月はじめにはもう満開で、4日5日は落花盛んです。

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 何でもない畑にタンポポが広がっています。その中で町の風景と言えば、

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 海鮮料理や海産物全般すなわち大きな魚屋さんの「魚太郎」さんです。

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 私が町に移住した頃に、若い女性の社長が開店して、今や堂々の町の看板店になっています。ただしお隣の美浜町内ですが。

 農場内の風景

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 春の強風でトマト、キュウリ予定地のマルチがめくれて、再びの土寄せ土盛り作業を強いられました。

 IMG_1398.jpg トマトの発芽。防虫ネットを被せただけで、保温はしないままですが、発芽しました。

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昨年から天井に箱を置いたままにしておいたら、それも巣に利用されそうです。

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 あ、これは連れ合いが忙しすぎて、私が用意した一人食事です。野菜と肉などバランスよく並べました。

 海と屋内外の風景

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  海はまだ冷たいのに、サーファーたちは元気ですね。4月1日
 今年初めて釣りに行く。釣り道具店主は「まだ早いのでは」と言った通り、私は釣り初めに素早く小さなハゼを釣りあげただけで、後が続かない。もう一人の釣り師はフグを釣っただけ。防波堤では風もなく、寒くはないけれども、まだ満ち潮がはじまってなくて、潮流が強く、根がかりが多くて釣りづらい。1時間ほどで、もう切り上げてしまう。潮が満ちてきて波がない状態がいいわけだ。


 IMG_1410.jpg 海にいるけど、川鵜だとされています。

 IMG_1391.jpg この白いスポンジをなぜ貼ったかと言えば、

 IMG_1392.jpg ドアが風で開いて、戸袋にぶつかるので、そのクッション材です。こうする前までは戸袋が痛んでいたはずです。

  IMG_1429.jpg古い家は戸がきちんと閉まらないので、隙間を埋めました。

 IMG_1433.jpg 開けるとこうなります。


 IMG_1393.jpg シャベルなどの修理

 折れた柄などを削ったり、切ったりして修理しています。最近ではアルミの柄のものもありますが、私は手触りがいいのと、修理用に柄だけを売っているホームセンターがあるので、それで手元や先を繋いています。レーキ(熊手)などの長柄などは押したり引いたりするだけなので、そのような使い方では折れたりしないのですが、ストレスなどで道具に当たったりして折れることはあります。
 しかし、「修理用の柄」を買わずに、その分にちょっと足せば新品が買えるのですが、修理するのは世代間の価値観の違いかもしれません。私は昭和20年(1945年)生まれで、昭和40年くらいまでは物が無い時代だったので、何でも修繕して使い続けたという世代なのでしょう。

 加えて、日常の道具を作ってしまうこともあります。都心の住宅では周りに木や竹がありませんが、田舎では竹林や笹も木の枝も簡単に手に入るので、他に包丁の柄などを梅ノ木の枝で作ったりして、手触り,感触を楽しんでいます。竹ほうきなども作れます。こういう作業そのものがとても楽しいですね。

その他、シャベルの柄を修理して付け替えました。矢印↓はハンマーの柄を梅の枝に替えました。手触りがいいのですよ。ただし、この作業のためには

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 工具がたくさん必要です。

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 丸ノコやドリルなどまでは揃えています。



鉄くずを片付ける

 4月2日朝、軽トラで移動中に4トントラックの運転手から「金属類のゴミはありませんか」と尋ねられたので、「あることはあるんだがなぁ・・・」と気の乗らない返事をしてしまう。と言うのも軽トラしか走れない狭い山道の150m奥にあるのだ。そういう事情を説明すると「軽トラで運び出すのを手伝います」と返される。
 運転手は40才前後の男性で、停めてある4トントラックの助手席には女性がおられた。お連れ合いのようだ。4トン車に女性を残して、運転手を軽トラに乗せて山道奥の作業小屋に向かった。ここまでの話し合いで日本語が短くぎこちなく思われたので「チャイニーズ?(中国の方ですか)」と尋ねたら、イエスとお答えになる。
 トタン板などを軽トラに積んで4トントラックへ移動して、積み替える。その後、4トントラックももう少し近くまで移動してもらい、二人を軽トラに乗せて再び山の作業小屋に向かい、今度は3人で軽トラへ積み込み作業をする。片付けに奥様を残して軽トラで4トントラックまで運び、積み替える。作業は手慣れたもので、能率よく進んでいる。こうして、更に2回(合わせて4往復)山道を往復したら、ドラム缶もあり、鶏舎建設に使った金網を積むと、4トントラックの荷台が満載になった
 アジア系でも外国の人が日本で生活していくのには言葉を含めて様々な苦労が伴うだろうとは承知していたので、そのような場面に遭遇したら、できるだけの支援協力をするつもりだったが、その機会になったようで、よかった。2時間くらいの共同作業であった。少し遠くからいらしたようなので、また近くまでいらしたら連絡するようにお願いした。まだ多少金属類が残っている。連絡先を交換して、気持ちよく別れることができた。

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 山小屋の鉄くずを片付けた跡です。



 

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内海の町と野鳥など

 
 知多半島内海は西側が海に面した小さな集落で、南北と東側は小高い山に囲まれています。ただ、北西に向かっては狭い道路程度が開けていて、名古屋へと向かう名鉄電車のターミナル内海駅があり、名古屋に向かう自動車道路の南知多インターがあり、知多半島の交通の要所でもあります。

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 借家の前の風景。近く、遠くに小山が見えます。

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 小川と小山

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 水田はおおきくありません。このように小山に囲まれています。

   内海から南に向かう海岸道路の陸側には3軒ほどの民家が並んだ、そのすぐ下に小山の崖があるくらいで、もちろん海側には小さな漁港や砂浜の景色が続きます。漁港は豊浜(とよはま)師崎(もろざき)で、それらが県下最大の漁港とされています。名鉄を先端の師崎まで通す計画はありましたが、そのように海岸線は狭いので、海岸線に線路を敷く余裕がなく、かと言って山の裾野を開いて開通しても、住民がほとんどいない場所に開通して駅を作るのは採算が取れない、というような理由で内海駅が終点になったのです(住民サイドからはそんな場所に駅はいらない、不便だ)
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 内海の街角ごとに、こんな看板が。風景よりも看板がきれいだったりして。

 野鳥たち

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 コウノトリ3.jpg コウノトリ

 コウノトリ4.jpg 警戒心は強いです

 コウノトリ1.jpg これらは同じ1匹だけの画像です。デジカメを向けるだけでも飛んでいきます。野生のコウノトリを見たのは、この町が初めてです。

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 18日にツバメが来てくれましたが、天井が暗くてきれいに撮れませんでした。

 「とりのさと農園」は、上に説明しましたように内海から南知多インターに向かう道の途中にある、ポツンと一軒家なのと、その道に面していないで、左折して50mほど入ったところにありますが、その庭はほとんどが自動車通路の役割を果たしているので、庭というよりも車道がほとんどなので、あまり木を植えたり、花壇を広げることができません。家屋のすぐそばだけしか植栽できません。

 太陽熱温水器も地面に下したので、更に狭くなってしまい、ヤツデと小梅、その下にムスカリ、スノウドロップだけです。

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  私は2月から内海の町の中で住むようになりましたが、そこはインターネット回線が4月初めにならないと工事開始しないので、それまではメールやブログ閲覧などで毎日1回は「とりのさと」農場に通っています。また、野菜畑も農場のそばなので数日ごとにちょっとした作業をしています。
  2重3重の移住生活は不便不安定なのですが、もうしばらく我慢が続きます。借家も、完全に自由というわけでなくて、家主さんが残したものは処分していいわけでないようなので(帰ってくる気はないようなのですが)このあたりがアバウトなので、まだ気を使っています。いろいろ整理したり、補修したりして、ある程度経費もかかったし(十年以上の女性一人暮らしなのに風呂場に着替え室もなかったり)、これでは家賃は決して安くないとも思いましたが、後は成り行きです。

  こんな自然環境から離れて街中の住居に移ってしまったのですが、若い頃から渡り鳥か無宿者のように転々と移住していたこともあり、別に自分では負担でも何でもありませんが、家族とは別居していることには理由のないわけではないけど、違和感はあります。でも、毎日連れ合いが来てくれて、片付けや食事を作ってくれたりしますので、気楽ですね。
 



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