今年はあと三日
年の瀬が押し迫ってきました。別に忙しくないのに、気分はあわただしいです。28日は朝から雨になってしまって、歳末の作業予定が狂いそうです。
「水戸黄門」が連続3日放映
28、29,30日と「同じような時間帯」(要注意)で放映される予定です。高齢者を中心によく見られているようで、新聞の投書欄にも書かれていました。
畑の様子
山の畑です。28日が雨になって、片付けが進みません。刈払い作業だけでは雑草が残ってしまうので、このようにレーキで集めていますが、雨で濡れてしまって集めることも燃やすことも直後ではできなくなってしまって、歳末ギリギリまでこの片付け作業になりそうです。
温州ミカン、ネーブル、伊予かんなどが20本植えられていますが、まだ苗木のサイズです。ある程度実が付くにはあと10年はかかるでしょうが、その頃に私がいるかどうか。
海と釣り
この1年、新型コロナに振り回されたのではないでしょうか。私の方の町は半島の先でもあり、感染者数は増えていませんので穏やかですが、都市部では外出自粛が続く歳末・新年になりそうで、どのようなお過ごし方になるのでしょうか。私は、農作業ちょっとと釣り、テレビになりそうです。
この1年、拙い、変化のないブログをご覧いただき、ありがとうございました。多分来年も続きますので、よろしくお願いいたします。
令和2年(2020年)も残り10日あまり
年号は面倒です。令和なんてどうでもいいのですが、このように書かないと令和何年だっけ?と忘れてしまいます。昭和、平成、令和と生きてきた、その中身では私には昭和が重いですが、昭和や平成がいつからいつまでだったかも思いつきません。ただ、1945年というよりも昭和20年生まれと言う方が、歴史が敏感に迫ります。その年の8月が第二次世界大戦(太平洋戦争)の敗戦日(終戦日)で、その後は物が無い貧しい暮らしが長く続きました。食べ物にも事欠く日々でしたが、子供の頃は山野や海で遊び、そこで木の実や魚を得ていました。実家の奥の方の「大池」は海の続きで絶好の釣り場だったのですが、川だけ残して埋め立てられ、中学校小学校が建てられました。でも平成も令和も歴史的事件が無かったので、記憶が淡泊です。あなたはいかがですか。
山中の畑の手入れ
私の今の担当の畑は、いずれも住居から遠く離れた2か所で、数回前に野菜の画像を出した2反の畑と、この後の下にアップロードする「山の中の畑」です。
そこが私たちが40年前に都市から移住して農業を始めた場所です。
まだ雑草の伐採が終わっていない前段階です。右奥に見える小屋は隣の元ミカン畑の持ち主の物ですが、今は屋根を竹が突き破って伸びており、倒壊目前になっています。私の方の倉庫はその左側ですが、見えていません。
その苗木の根元に堆肥、石灰を散布しました。 畑の廻りには竹林が高く伸びて日照を遮るようになってしまいました。畑の中に伸びた竹は切り取りましたが、外に伸びる竹までは手が回りません。隣の傾斜地でもあり、足元が安定してないので、危ない作業です。このような作業は高齢者にはもう出来ないかなぁと思います。
半島南端の海岸
海岸道路は海景色がキレイでしたが、曲道ばかりで風景を堪能しながらの運転は無理でした。
17日には岐阜の高山市、飛騨地方に積雪1メートルで本格的な寒さの冬になりました。風が強くて冷たく、ずっと釣りが出来ていませんが、来週の火水木と穏やかになりそうなので、今年最後の釣りは出来そうですが、水温が低くて魚の活性が低く、あまり成果が期待できそうでないです。
師走上旬・寒さは少しずつ
12月の初めには晴天続きで満月があって、
畑の様子は
海景色いろいろ
後期高齢者の1年目ですが、老化は進んでいます。ヨロヨロ,モタモタと真っすぐな道を真っすぐ歩けません。時間は余裕があるけど、気力体力が続きません。サトイモ、山芋掘りの農作業は午前午後2時間ずつ程度しかできません。常時腰痛があって、膝にも痛みが出始めました。それで、私の野菜作りは今年限りで終わりにして、来年からは出荷のためでなくて、自分のやれるペースでさせていただくことにしました。
週に2回くらい、風のない日は釣りに出ますが、平日は16時からの「水戸黄門」を見なければいけないので(笑)、午後は海岸への往復でけっこうバタバタしています。のんびりということはないですよ。facebookやtwitterでは知り合いの若い人たちの書き込みが多いです。ペースが速くてついていけないですね。